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「リオネットセンター立川」便り 〜 プロが語る補聴器について 〜 筆者のご紹介 補聴器の購入者、愛用者が補聴器について見て、聞いて、知ることが出来る事柄は限られています。 例えれば、我々は客席から舞台を眺める観客の立場、視線でのみ補聴器を見ており、その舞台裏を 窺い知ることは出来ません。 補聴器はどのように企画され、規格され、開発され、販売されていくのか製造者の立場から捉えた補聴器を 知ることが出来ません。更には、補聴器がどのようにして聞えに合わせるように調整されているのか販売者の 立場から捉えた補聴器についても知ることが出来ません。 補聴器にまつわる裏話、補聴器開発の苦労話、今だから言える開発秘話、失敗談(敗軍の将、兵を語る) 等々、 何としても知りたいものです。 ここに補聴器の開発者と販売者としての複眼を持つ願っても無い方が居られます。 語っていただきましょう。 補聴器についてそれやこれやを。 リオネットセンター立川(有限会社 立川補聴相談室)の齊藤修様です。 ご本人は補聴器メーカー、リオン鰍ノ40余年在職され、その内の30余年は補聴器の企画、開発、設計、 及び補聴器のフィッティング、聴こえの相談等々幅広い分野で活躍され、深い知識と豊な経験を併せ持ち、 又日本聴覚医学会の正会員としても聴こえの研究にも携わり、平成15年に同社を退社、(有)立川補聴 相談室を開設され現在に至っています。 ★リオネットセンター立川はこちらでご紹介しています。 ★補聴器について何かお知りになりたい事柄があればこのメールにてお知らせ下さい。 『補聴器愛用会』 松谷明人 目次 ■重度難聴用耳掛け型補聴器開発の舞台裏 ■補聴器フィッティング困難症例 重度難聴用耳掛け型補聴器開発の舞台裏 「敗軍の将 兵を語る」 リオネットセンター立川 齊藤修 重度難聴用耳掛け型補聴器開発の舞台裏では話し難い。よって副題を「敗軍の将兵を語る」にいたしました。 「敗軍の将 兵を語る」のタイトルは、以前、日経ビジネス誌にありました。 補聴器について兵を語ろうと思います。 私は、リオン株式会社(リオネット ブランドの補聴器メーカー)において、補聴器の開発、企画などに永年 携わっていました。補聴器開発に伴う失敗談を語り、読者の皆様に補聴器開発の苦労話(愚痴)を聞いて いただこうと思います。 最初は、重度難聴用耳掛け型補聴器の開発と問題についてお話します。 以下文体を「である」調で書かせていただきます。 重度難聴用耳掛け型補聴器の開発 この補聴器は世界最初の重度難聴用耳掛け型補聴器として開発したものである。 某聾学校の先生より、ある女児が高学年になったとき、胸が大きくなりポケット型補聴器を両胸に付けると 邪魔で嫌だ。耳に掛ける補聴器を作って欲しいと訴えられた(昭和55年5月)ことが開発のきっかけである。 先生よりこの女児の希望をかなえてやりたい。ポケット型の一番大きな音の出せる補聴器より大きな音が 出せる(高音響利得で高出力)補聴器を開発して欲しい。「聾学校の生徒が使える重度難聴用耳掛け型 補聴器を開発して欲しい」といわれた。私は咄嗟にこれは大変だ。かなりの無理難題だ。と当時の世界的な 技術レベルからそう思った。 高音響利得とは、大きな増幅度(1000〜10000倍 60dB〜80dB)のために、ほんの微量でも音が漏れるとか、 磁力線などが干渉すると周波数特性の保証が困難だぞ!と内心思った。大きな荷物を背負った感じがした。 また、聾学校で使われる補聴器はループシステムに対応しなければならない。このループからの磁界を 受信するための誘導コイル(テレホンコイル)の感度を高くすることによるほかの部品との干渉の問題を強く 感じた。今までのポケット型は、誘導コイルへの入力が床上50cmの場所で200mA/mの磁界の強さのときと、 マイクへの入力音圧レベルが60dBのときの出力音圧レベルが同じ大きさで聞こえるようになっていた (幼稚部の児童がイスに座ったときの胸と床との平均的な高さ)。しかし重度難聴用耳掛け型補聴器は 高校生男子の耳の高さ(約1.5m)で同じ条件を満たさなくてはならず、床上50cmと1.5mではループからの 磁界の強さは3分の1(-10dB)になってしまう。したがって誘導コイルの感度は3倍高くする必要がある。 一方、1階の床上1.5mでは2階の教室からの磁界の強さの影響を強く受けてしまう。2階の授業も聞こえて 便利?とはならない(その後、ループは無混信ループが開発された)。ループだけ考えても問題山積である。 最大出力音圧レベルは130dBSPL以上必要である。開発当時、このような出力を出せる補聴器用レシー バーは、なかった。そのため新たな開発をしなければならなかった。 最大出力音圧レベルが大きいということは、レシーバーに大きなエネルギを注入することである。 レシーバーに大きな電流を流すと、 @その電流を流せる電池が必要になる。 Aレシーバーから漏れ出る音声電流による磁力線によって、誘導コイルがその磁力線を拾い補聴器の 内部で発振を起こしてしまう恐れがある。 B大きな出力のためレシーバー自体が振動する。その振動が補聴器のケース、配線などなどを経由して マイクに影響を与え音響的不安定さを招き周波数特性上に不安定で鋭い凹凸が生じ出力音に強い ひずみ感を生じる。 そのためにマイクは振動による影響が少ないように、しかも超小型にしなければならない。 聾学校に通う親の収入を考えて、販売価格は10万円以内にして欲しいという要求であった。 (その後同性能に近い補聴器を販売した外国メーカーは18万円!だった。) 開発期間は1年、長くとも1年半!聾学校が希望する仕様はこのようなものであった。 ◆開発会議 聾学校の開発依頼を受けて、開発会議を開き基本設計の仕様を決定した。 @最大出力音圧レベルの500Hzは130dB(2cm3カプラ)以上、ピーク値139dB以下。 重度難聴の場合、多くは低周波数の聞こえがよい、そのため低周波数を重視する。また、高周波数の 最大出力音圧レベルと音響利得を高く設定すると、補聴器によって聞こえの悪化を招く恐れが増大する (某補聴器メーカーはこの問題を外国で起こした)。 A最大音響利得は1000Hz 62dB。平均聴力レベル110dBHLでも聞こえの改善が図れること。 (当時の聾学校では、装用域値を60dBHLより聞こえがよいこと、であった。この条件から110dBHL-60= 60dBHL 音響利得は60dB以上となった。HLは聴力レベルを表す単位)。 Bテレホンコイルの感度は97dB、周波数特性はマイク入力時の特性と限りなく合わせる。 (マイクとテレホンコイルでは基本的な構造が全く異なるので周波数特性も異なる。そのためマイクからの 音声と、テレホンコイルからの音声をほぼ同じにするには設計上十分な配慮が必要である)。 C回路電流は、テレホンコイルやレシーバーとの干渉を避けるため極力下げる。 そのため電池はリチウムを採用する。リチウム電池の電圧は約3ボルトあるので電流を半分にできる からだ。当時はリチウム電池の内部抵抗が大きく、補聴器のような大電流を流す機器には不向きで あったが、出力と電流の利点から補聴器用リチウム電池を開発することにした。 D聾学校のループシステムに対応するために、テレホンコイルからの出力音圧レベルとマイクからの出力 音圧レベルが合わせられるようMTバランサーを付ける。 E重度難聴用のレシーバーを開発する。形状は可能な限り小さく、漏洩磁束(レシーバーから漏れ出る 磁力線)は、限りなく小さくする。 実際には、テレホンコイルの感度を高くする必要からレシーバーを覆う磁気シールドを強化する。 このケースの材質の検討を行い従来品よりシールド効果の高いものを探し、加工方法も検討する (加工技術でシールド効果が大幅に変わるため)。 Fレシーバーは大きな音響出力となるため、レシーバー自体が大きな振動をする。 この振動を吸収できるサスペンションの実験を早急に実施する。 G販売価格を○×円を予定する。 そのために製造コストは××円以内にする。組み立て時間は△△分以内とする。 Hそのほか細部にわたり決定した。 当然開発期間、試作、試験製造などの内容もまとめた。特に評価(聞こえの状態、使い勝手、その他)は、 聾学校とともに一般の顧客にもお願いすることにした。 このような会議を進捗状態に合わせ関係部門との間に齟齬を生じさせないため何度も開いた。 また、聾学校との会議も重ね実用化試験の実施時期を決めた。 ◆設計開始 開発決定から4ヶ月経過し補聴器ケースのデザインが決定。金型の製作を開始した。 開発開始と同時にレシーバーの開発を米国の専門メーカーに依頼した。このメーカーが当方の提案した仕様 (レシーバーの性能を細部にわたって示したもの)を聞き、かなり難しいが開発に着手してくれることになった。 他のメーカー(欧州)では漏洩磁束そのものの影響を理解できなかった。レシーバー開発から数ヶ月経過したとき、 欧州のある補聴器メーカーから同じような仕様の開発依頼を受けたと雑談の中で聞いた。どこのメーカー だろうかと一瞬考えたが、このような補聴器を開発するのは多分○○社だろうと見当を付けた。後日、実際 想像した会社であった。 ◆試作開始 金型も完成し、電気回路の設計、その他細部の設計が完了し、それぞれの部品が揃った。 いよいよ第一次の試作を開始した。出来上がった試作品を試験すると最大音響利得付近で周波数特性に鋭い 凹凸が生じた(補聴器の内部での極めてわずかな音の漏れとレシーバーの振動が原因)。 細部を検討した結果、マイクが振動を拾っていたのが主因と判明した。マイクの構造上の問題なので、これから マイクを開発したのでは約束の期日に間に合わない。最大音響利得を下げると聾学校では使えない。などという 問題に直面した。マイクの周辺設計を再検討したが解決できないとの返事。試作結果を聾学校に伝えなければ ならないが要求仕様を満たしていない。さて困った! ◆神が現れた! レシーバーの開発を依頼した米国のメーカーの副社長が、開発したレシーバーの様子と、別の部品の将来性に ついて当方の意見を聞きに来社した。補聴器が周波数特性の乱れを生じて壁にぶつかっていることを話した。 すると副社長の来日の目的が、振動感度の極めて低い超小型のマイクの話であった。そのマイクを組み込んだ ところ周波数特性の乱れは減ったが完全ではなかった。マイクの構造図からマイクとレシーバーの組み込みの 工夫をすることで解決できた(レシーバーの振動板とマイクの振動膜を90度にする)。あれほど悩んだ周波数 特性の乱れは解決した。リチウム電池も完成した。いよいよ聾学校の児童、生徒へ装用し実用化試験である。 ◆後ろから話かけたら振り返った! 言葉の聞き取り、装着感などはポケット型と比べて格段に好評であった。母親から、聾学校の先生から、期待と 感謝の言葉を頂いた。引き続きモニター調査を実施、黒板に向かって文字を書いている生徒の後ろから話し かけたら振り返った。今まで無かったことだ。お母さん達からも同じような感想があり、ご両親、先生は涙を流す くらいに感動された(耳掛け型補聴器は前方から後方に掛けて音を拾えるが、ポケット型は、身体によって音を 遮蔽し前方からの音の感度が高い。このことが、耳掛け型補聴器の優秀性と評価された)。後方からの音が 聞こえれば後方から接近する自動車などの音を聞くことができる。 ◆リチウム電池は高過ぎる モニター調査は順調に進み補聴器の発売も近づいてきたある日、聾学校で、両親や先生方と意見交換会を 行なった。その中で、電池の価格は1個500円前後になることを提案したところ、高過ぎる、水銀電池と同じ 価格にならないか、との強い意見になった。お父さんの酒代はただにならないし、節約するにも限度がある。 家によっては両親、兄弟が難聴の方もいる。この方々にとってはさらに深刻な問題である、と指摘された。 今までは乾電池で、しかも長時間使えました。 リチウム電池は、乾電池の10倍近い値段の上、使用可能時間も1週間前後と短い、などいろいろなご意見を お聞きした。もう少し前にこれらのご意見をお聞きすべきだったと反省した。ここまでくるまでにも電池メーカーと 価格について何度も話してきた。しかし電池メーカーは生産数量が少ないこと、開発費が高いことなどで妥協の 余地は無かった。 せっかくリチウム電池を補聴器に使えることになったのに。愚痴が出ること出ること。 リチウム電池は、当時まだ大電流用としては実用化される直前であった。補聴器には世界的に採用されていない。 我々が最初であった。電池電圧が3ボルトあれば回路の工夫が一気に広がり、時には民生品のICなども使える 可能性を秘めていただけに残念であった。 ◆再設計を決断! リチウム電池の採用を断念し、水銀電池で設計をし直すことにした。しかし、開発期限が刻々と近づいて、 何時完成するのだという声が耳元近くで聞こえるようだ。3ボルトと1.3ボルトでは電圧が異なり、同じ形状では 誤動作を生じるので、電池そのものの形状が異なる設計をしてきたので、ケース形状の設計見直しと金型の 再製作。3ボルトの回路から1.3ボルトの回路に変更する。電流と磁力線、レシーバーとテレホンコイルの磁力線 による影響の見直しなどなど。 大変なことになった。開発納期を半年延ばしていただくことにした。 それでも試作、製造前製作、製造工場への移行にともなう設計図面の出図作業。販売に伴うカタログ及び 販売店向けのテクニカル資料、取り扱い説明書などの作成のための資料の完成。信頼性試験用試作品による 信頼性試験の実施。薬事法による補聴器の製造許可申請などなど山積された仕事量である。 ◆モニター ついに完成した補聴器を聾学校へ持参し実用化試験の開始。1クラスを耳掛け型補聴器に替えて従来の 補聴器と比較してみた。生徒さんの評価は上々だ。先生方の評価も予想以上であった。 聞こえ具合はリチウム電池のときと同じでした。しかし、重度難聴の生徒さんの電池は3日〜4日しか持たな かった。水銀電池の限界であった。長年研究してきた空気電池の実用化の勢いを付けるきっかけとなった。 余談だが、当初、カナダのメーカーが空気電池を開発した。サンプルを入手したがこのメーカーが米国の メーカーに空気電池の事業を売却してしまった。この米国メーカー製の空気電池を販売するための諸試験を 実施、問題があり解決のため渡米した。しかし品質で合意できず採用を断念した。 引き続き国内メーカーと開発をすることにした。電池は完成したが米国の燃料電池の特許に抵触し販売を 約2年延ばした。この2年が近づいてきたので、補聴器の開発後、空気電池の採用と販売を開始した。 その結果電池寿命は2倍となった。電池の価格も水銀電池と同じにした。 一般のお客様のモニターも好評であった。 ◆発売開始 昭和57年9月ついに発売開始だ。生みの苦しみが大きかっただけに完成した補聴器は好評であった。 ヒット商品になるな。経験から発売直後の顧客の反応は重要だ。開発完了の打ち上げを関係者とともに 祝った。美酒だ。美味い。 ◆美酒に酔っていたら悪夢を見た。 この補聴器の発売とともにイヤモールドの遮音不足からハウリングが問題となった。 「リオネットは駄目だ。重度難聴用耳掛け型の開発は所詮できないのだ」という声が大きくなってきた。 ハウリングのため、補聴器の性能を出せないのである。そう!F1のレースカーのタイヤが貧弱で競争に ならないのと同じだ。車の性能がいくら良くってもタイヤが悪いと車の性能を発揮できないのだ。 イヤモールドの改善を行うことに決定。担当者は日夜問題点を追及。合わせて諸外国のイヤモールド屋さんを 訪問。その結果、製作工程の見直しを行なった。 聾学校へは、毎週通い幼稚部の子供さんを膝に乗せ耳型採取とイヤモールドの製作を繰り返した。ご担当の 校長先生とともにである。先生から、「イヤモールドを大きく造るとハウリングを止められない。むしろ小さい方が いいのではないか』とご意見がだされた。 後日談:関西の某聾学校の先生から「どこのイヤモールド屋さんで作ってもハウリングが止まらない。観て 欲しい」、といわれ2人の生徒さんが来られた。フルシェルタイプのイヤモールドだ。我々は高度難聴、重度 難聴用のイヤモールドはカナル形がよいという結論を得ていた。早速、カナルで作り替えた。ハウリングは 止まった!このことから先生は「我々の常識(重度難聴用イヤモールドはフルシェル)は非常識だったのか。」 とつぶやかれたことを今でも忘れられない。 ◆汗による動作不良が続出 夏休みを迎え、帰省、旅行などしている従業員の多い中、この補聴器の動作が時々止まってしまう、という クレームが続出した。工場に戻された不良品は正常に動作をしていた。 対策会議が急遽開催された。引き続き原因は調査中である。会議で、問題解決のため補聴器開発部員の 総動員令が発せられた。技術部員は、この補聴器の開発に直接係わっていないものも全員呼び出された。 しかし肝心の設計担当者は、利尻島へ帰省中であった。電話をしたがまだ実家についていなかったのか 連絡が取れなかった。 原因は、汗が浸み込み電気回路の絶縁が劣化したためであった。工場に返送されたときは汗が蒸発し 不良が再現されなかった。しかし高音高湿度(50℃、90%)の環境へ長時間暴露すると不良を再現できた。 これは予測したとおりであった。 原因がわかると対策を考えなくてはならない。新規設計ではないので対策に限界があった。抜本対策では ないが、汗が多く浸み込む経路を解明したのでその処理を行なった。経路はケースの合わせ目であった。 人工汗を噴霧し裏付けをとった。また、浸み込んだ汗は、最後に電池室に集まった。その結果、電池が汗に 浸かり鉄錆を生じ電池室の内部は茶褐色になってしまった。電池も使えなくなった。この対策案を考案中は、 冷や汗と、脂汗が交互に噴出した! ◆特許の取得 今後の信頼性試験に人工汗の噴霧試験を加えることにした。そのため毎昼休みに約10Kmジョギングしている 社員に特殊な容器を取り付け真夏の炎天下で汗を回収した。多くの人の汗の量と質を計測した。収集した 汗の量と質を同じようにして、頭髪から滲出するような試験機を製作した。その試験機で約10Kmジョギングの ときの汗の量と同じ量の人工汗を補聴器に浴びせることにした。この試験を10回行い異常のないこととした。 この試験に耐える補聴器の構造に関する特許を取得した。電池室の下に小穴を開け溜まった汗を外に逃す 構造もあわせて特許申請を行った。 この試験機を使い、同性能の他社の補聴器も並べて試験してみると、他社の補聴器は人工汗の試験に1〜2度 耐えるのが限界であった。我々の補聴器は最低10回以上耐えるのである。 ◆その後の補聴器 耳掛け型補聴器の致命的な欠点である汗による不良が、特許の技術を使うことで激減したことで、新規に 重度難聴用耳かけ型補聴器を設計することが決定した。 この不良を教訓に補聴器の信頼性試験の見直しを行い、各種試験に4〜6ヶ月かけることを決めた。試験の 一例は、高温試験50℃ 1000時間、低温試験 -30度 1000時間、温度サイクル試験-30度〜50℃を1サイクル 2時間、延べ1000時間、高温高湿試験 45度90〜95%、2000時間、振動試験、落下衝撃試験、人工汗噴霧 試験、温度衝撃試験、コンデンサーはプレッシャークッカー試験(高圧下で高温高湿状態に放置)1000時間、 その他である。 信頼性試験は補聴器の設計担当者から、他部門へ移した。設計担当者は評価に身贔屓を起こす恐れが あるからである。第三者なら客観的に評価を下せるからだ。 以上、耳掛け型補聴器の開発過程と市場不良が生じたときの対応の一例を示した。何かの参考になれば 幸いです。 <2008年5月19日> 補聴器フィッティング困難症例 リオネットセンター立川 齊藤修 M. Hさんの症例について補聴器をフィッティングする際の問題点と問題を解決していく過程をご説明します。 解決法としては、他にもあると思います。今後の参考になりますのでご意見やアドバイスをいただければ 幸いです。 1.M.Hさんのプロフィール 年齢38歳、女性、先天的な難聴です。原因は不明です。私との出会いは、平成4年ころからです。既に 15年以上です。お住まいは、東京の立川まで新幹線を利用して5時間30分〜6時間かかります。 補聴器の調整などのときは、2〜3泊ホテルに滞在するので費用も馬鹿になりません。 2.補聴器フィッティング上の問題点。 右耳は125Hz〜8000Hzまで聾です。が、右耳に耳かけ形補聴器(リオネットHB-D4PV)を装用すると 増幅度が10dBでも耳が痛いと訴えられ装用に耐えられません。左耳は図1に示すように平均聴力 レベルは、2000Hz以上が計測不能のため計算できません(×に下向き矢印は計測不能を表す)。 ![]() 図1 M.Hさんの最近の聴力レベル ![]() 図2 平成15年11月のときの聴力レベル 図2はリオネットセンター立川へ最初にご来店いただいたときの聴力レベルです。 平均聴力レベル HAVE=500Hz(聴力レベル)+2×1000Hz(聴力レベル)+2000Hz(聴力レベル)÷4で 求められます。 ここでは125Hz〜1000Hzまでの5点の算術平均で表すことにします。 図1の算術平均聴力レベルは84.0dBです。1000Hz以下の低周波数の聴力のみしか活用できません。 . 不快聴取レベルが低くダイナミックレンジも狭い。 ![]() 図3 ダイナミックレンジと聴野 図3の∨印は不快聴取レベルを表します。これ以上大きな音を補聴器から出力すると極めて不快あるいは 痛覚として感じ音を聞くことはできません。正常な耳は、この不快聴取レベルが100dB以上です。 最小可聴域値(図3の×印)から不快聴取レベルの間をダイナミックレンジといいます(a)〜(c),(b)〜(d)。 H.Mさんはこのダイナミックレンジが狭く1000Hzでは15dBしかありません(正常な耳は100dB以上)。 広いと思われるダイナミックレンジである250Hzでも25dBしかありません。 ![]() 図4 聴力レベル経年変化 ![]() 図5 周波数別の聴力レベルの経年変化 3.聴野が狭い。 125Hzから聞こえる周波数までのダイナミックレンジの範囲を聴野といいます。図3のa〜d(薄緑色の エリア)の範囲です。正常な耳はe〜h(薄水色のエリア)の範囲です。 H.Mさんは、聴野が狭いため補聴器のフィッティングを困難にしています。 4.フィッティングによっては不快感に襲われる。 補聴器をフィッティングするとき、周波数は1100Hzを超えると気分が悪くなり、ひどいときは寝込む こともあります。またダイナミックレンジが狭いので補聴器からの最大出力音圧レベルは115dB以内 でないと補聴器を使えません。またダイナミックレンジが狭いのでボリュームコントロールの調整幅が 広いと少しボリュームを上げるとうるさく、少し絞ると聞こえないという問題を持っています。 デジタル補聴器でもこの聴野とボリュームの調整が容易になる範囲に収めることに困難を極めます。 そのため補聴器の回路に工夫を施し次回、調整時ボリュームの回転特性の改良を行なう予定です。 5.聴力の変動が大きい。 図4は聴力の変動をほぼ10年間表わしたものです(聴力は125Hz〜1000Hzまでの5点の算術平均値)。 図5は図4と同じ聴力レベルの資料から各周波数の聴力レベルの平均値を示したものです。変動幅は 64dB〜85dBで聴力レベル変動を伴いながら徐々に悪化しています。 聴力の変動が大きいので常に再調整が必要です。再調整でも聴野が狭いので十分な調整ができない ことが多いのが現状です。 6.アトピー性皮膚炎の持病をもっている。 アトピーのため補聴器のシェルは(イヤモールドでも同じ)接触性皮膚炎を生じにくい材質を吟味した上、 外耳道に極力軽く触れる程度に造らなければなりません。少しでも強めに外耳道に挿入すると赤く腫れ 痛くなります。軽く挿入していても長時間使用すると外耳道内が痒くなり使っていられません。そのため 軟膏を外耳道内に塗布して使わざるを得なく、補聴器の先端が軟膏で塞がってしまうこともあります。 軽くしか外耳道内に挿入できないため外耳道と補聴器のシェルとの間に隙間ができハウリングを生じ やすく、これを防がなければなりません。補聴器の周波数特性は1100Hz以下の低周波数です。 音響利得が高いので高周波数を増幅しなくとも、低周波数のハウリングを生じます。少しでも隙間が あると肝心な低周波数が漏れてしまい増幅周波数特性に大きな影響を与えます。 以上のような状況で、1〜2ヶ月ごとに補聴器の調整、シェルの修正か作り直しを必要としています。 3ヶ月以内の作り直しですから全て無料です。ご来店のときはお店に、正味2日間は滞在し調整した 状態を確認しています。 7.人工内耳を勧められ迷っている。 ある国立病院で人工内耳を勧められ今後補聴器で大丈夫なのか否かご両親とともに悩んでいます。 今お使いの補聴器を使えば会話にはほとんど支障がないが、痒い、痛い、ハウリング、聴こえ、及び 将来への不安などを考えると、人工内耳にするか、他の病院の医師は、今十分補聴器で聴こえを 確保しているので今後も補聴器の装用を勧められ、葛藤している状態です。 8.使用中の補聴器とフィッティングについて 以上のような現状から、@必要な音響利得A最大出力音圧レベルB周波数特性Cボリュームの 操作性Dシェルの材質Eシェル表面の鏡面加工F外耳道閉鎖からの湿気対策Gその他 以上のような事項を配慮した補聴器として、リオネットオーダーメイド補聴器HI-D7PVをカナル補聴器 よりやや大きい形状でお造りいたしました。カナル補聴器では音響利得が必要なだけ得られないことと 周波数特性の低周波領域の平坦性が希望通りになり難いので断念しました。 H.Mさんの補聴器を微調整するときは店頭にメーカーの技術者に来てもらいシェルの加工、周波数 特性の変更(パソコン上ではできない項目)などをお手伝いしてもらっています。なお、図6は現在 装用中の補聴器で音場(スピーカ使用)での装用域値を、図7は同条件での語音明瞭度を表した ものです。 ![]() 図6 装用した2台の補聴器の音場域値 この補聴器を装用することで、現在は、お仕事もでき会話も十分とはいえませんが日常生活を 営んでいます。 図7、図8は、装用中の補聴器の周波数特性です。2台の補聴器の周波数特性などは少し異なって います。夕方になると耳の疲れからか聞こえが悪くなること、湿気で聴こえが低下する(補聴器 そのものの諸特性は変化しないが聴こえが悪くなるとのお訴えから)ことへの対応のためです。 遠方からご来店いただきますので、2台の補聴器の周波数特性や音響利得などを変更することは 容易には利用できません。そのため2台の補聴器の諸特性の一部を変更しておき聞こえ難いとき 対応できるように配慮してあります。 ![]() 図7 裸耳と装用した2台の補聴器の音場の語音明瞭度 9.今後の補聴器と聴こえ H.Mさんの補聴器はシェルの加工(シェル表面を鏡面に近い加工が必要。10ミクロン程度の凹凸でも 痛くなる)と、極めて調整範囲の狭い聴こえに常に再調整できる態勢が重要です。補聴器メーカーも これに即応できるところに限られ、かつ安価が求められます。遠方から来られるので費用、聴こえの 負担軽減の必要性が強く望まれる事例です。今後も我々を必要とする限り対応していきます。 図8 フィッティング後の補聴器周波数特性 この特性は下から50, 70,及び90dBの入力音圧レベルを示します。 左耳 星印装用補聴器 リオネット HI-D7PV 器械番号 XXXX 測定カプラ 2cm3 ![]() ノンリニア補聴器の動作特性 @Tone H N(低周波数帯域を一番出した状態) ATone L L (高周波数帯域を一番遮断した状態) BFC(低周波数帯域と高周波数帯域の接合周波数) 1.1KHz Cマイク帯域 Low 高周波数を遮断 D音響ダンパー 1500Ω EGain 0 FOPC -21尾 G デジタル回路ステップ数 G:50dB入力音圧レベル 20,1 90dB入力音圧レベル 5.0、5.0 注)リオネットはAGC-OのことをOPCといいます。Output Power Controlの略です。 入力側AGCは、リオネットではCompression Ratio Controlを略してCRCです。 なお、IEC規格では、出力側AGCは、AGC-O 入力側をAGC-Iと呼ばれます。 図9 フィッティング後の補聴器周波数特性 この特性は下から50, 70,及び90dBの入力音圧レベルを示します。 左耳 青印装用補聴器 リオネット HI-D7PV 器械番号 XXX 測定カプラ 2cm3 ![]() ノンリニア補聴器の動作特性 GTone H N(低周波数帯域を一番出した状態) HTone L L (高周波数帯域を一番遮断した状態) IFC(低周波数帯域と高周波数帯域の接合周波数) 1.1KHz Jマイク帯域 高周波数を遮断 K音響ダンパー 1500Ω LGain 9 MOPC -12 Nデジタル回路ステップ数 G:50dB入力音圧レベル 21,1 90dB入力音圧レベル 4.0、9.0 以上、M. Hさんの補聴器フィッティング困難症例についてご報告申し上げます。 <2008年 3月 2日> 画面上へ戻る ![]() |