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未だ満たされない、眠れる巨大市場 はじめに
2.原因 補聴器が普及しないのは敷居が高い上に使い続ける割合が低いのが原因である。敷居を高くしているのは、 使いたくないと思わせるマイナスイメージが強い製品である事。片耳だけでも平均が10万円以上と高価である事。 そして情報が少ない事である。使い続ける人が少ないのは、製品の満足度が低い為である。 以下に順を追って説明する。 @ 製品 出荷台数iiiを見ると、耳穴型、耳かけ型、ポケット型の順に売れていることが分かる。
これは補聴器が「隠したい製品」であることが一つの理由であり、メーカー各社も広告で目立たないことを売りに している。目立たなくする為に、ポケット型を耳かけ型にし、更に耳穴の奥に入れて隠すようにし、肌と同じ色にして 目立たないようにする。しかし、小さくすると必然的に音質や操作性が悪くなり、価格も上がる 原因となる。 2002年7月、伸び悩む補聴器市場を活性化させる為に、全国補聴器メーカー協議会は糸井重里氏とコラボ レーションし「Communication AID 2002」キャンペーンを展開しイベントを開催した。この中で「補聴器は隠すように するが、イヤリングみたいな補聴器なら隠さずに済む」との発言があり、前向きな提案として捉えられた。このイベント は残念ながら1回で終わってしまったが、翌年にワイデックス社はカラフルな補聴器をベネトン社と協力して製品化 した。そして2005年の現在では、全てのメーカーでカラフルな製品を1モデルは提供するようになった。 A価格 補聴器店で販売される補聴器1台(片耳)の平均価格は10万〜20万円と言われている。補聴器店で売る際には フィッティングという作業を行う為に、製品はフィッティングが出来るように機能が追加されている。 フィッティングとは 使用者の聴力特性に合せて調節を行う作業で、補聴器はフィッティングを行わなければ使える物にならないと言わ れている。週に1回づつ、最低1ヶ月は店に行って調節を行うのが普通である。 この作業料が製品代に含まれている為に価格は高くなっているのが現状である。 B フィッティングの難しさ フィッティングはオージオグラムを参考にする。オージオグラムとは、「ピー」という純音を用いて聞こえるレベルを 測定するものである。健康診断の時に体験した人も多い事と思う。 オージオグラム上で感度が落ちている周波数帯域を増幅するのが、基本的なフィッティングの考え方であるが、 実際には簡単ではない。フィッティングは難しく、音を大きくし過ぎると聴毛細胞が破壊されてしまうので、「補聴器 技能者講習会」ivという講習で研修を積んだうえで行う必要がある。 最初の購入時に1回目のフィッティングを行うが、生活の中で使い始めると聞こえに不満が生じるので、再び店で 調節を行う。子供の声がキンキンしたり、逆に男性の声がワンワンしたりするので、これが緩和されるように調節を 繰り返すが、妥協点を探す作業なので「補聴器の音に慣れて下さい。完全に聞こえが戻るものではありません」と 説明される。 補聴器の権威である小寺一興教授(帝京大学)は著書vの中で、オージオグラムに捕われないで、語音明瞭度 検査を重視する必要があると述べている。この語音明瞭度検査とは、検査用の音として純音ではなく言葉を提示 して、知覚できた言葉の正解率を求める検査であるが、非常に手間がかかるので、補聴器店では独自の語音 検査を行うところが多い。 現状は熟練した補聴器店が経験を基にフィッティングを行っており、それらの店では、カウンセリングをしっかり 行いながら調節する事で、ユーザの信頼を獲得する努力を行っている。 3.難聴の影響 難聴になっても補聴器を使用しないでいると、次第に音を聞き分ける能力が衰えてしまう。これは脳が 習得した論理回路を忘れてしまうのである。 人間は生まれた時には、音の洪水の中に放り出され、次第に脳は音声信号を処理するのに適するように、シナプス の結合が行われる。そして沢山の聞こえる音の中から母親の呼びかけを選び出せるようになる。 しかし、難聴になっても補聴器を使わないでいると、この結合が次第に弱まって解けてしまう。そうなるとまた訓練を 積まなければ、沢山の音の中から聞きたい音を聞き分けられなくなってしまう。 難聴になり始めたら、少しづつでも補聴器を使用する事で、脳が衰えないように鍛える事が大切である。
4.発展する為に 第一生命経済研究所のレポートviによると、補聴器に対する一番の要望は「雑音を少なくして欲しい、聞き取り やすくして欲しい」との事である。
@ 音質 現在の補聴器は「音に慣れて下さい」と説明されるが、一般の人は納得していない。ここには技術の進歩が期待 される。 補聴器は雑音が多いとよく言われるが、雑音と言うと健聴者は「サー」というアンプノイズを想像する。しかし難聴者 の言う雑音とは、会話に混じる生活音の事を言っているので注意が必要である。健聴者の場合には、周囲で鳴る 生活音の中から会話だけを分離して聞く事が出来る。しかし、補聴器の特性が不十分であると脳が音を分離できなく なり、生活音は会話を妨害する雑音となる。そして最新のデジタル補聴器は人の声以外の生活音は雑音として カットしている。 A 価格 購入時の負担を軽くする為に、現在行われているように地方自治体から補助金を出すのは一時的な解決策でしか ない。求められている声に応え普及率を上げる事で、販売量を増やし、量産効果で価格を下げる事こそが健全な 市場の原理ではないだろうか。 B デザイン カラフルになった次には、造形的なデザインを磨く事が期待される。使う人には誇りを与え、使わない人にも魅力 的に映る製品となる事。これはメガネ業界が先に通ってきた道である。街中でイヤホンを装着している人が増え、 男性でもピアスをする人が出てきた現在は、実現し易い時代になっている。 C メディア 例えばキムタクviiがドラマで補聴器を付けてカッコ良い難聴者を演じると、確実に補聴器の印象は良くなる。 メディアの影響力は強く、一般のイメージを変える力がある。補聴器への抵抗感を無くすには、前向きに人生を 楽しむプラスイメージが必要である。 更に、優れた店の情報や優れた製品の情報がメディアによって公開されると、業界や製品に対する信頼度は 向上する。 D フィッティング 熟練の経験を講習会で伝える事や、その考え方を論理にする研究が必要である。また、聴覚心理学等の新しい 分野の研究が深まると、フィッティングが要らない補聴器が出来る可能性がある。そうすると、価格が安くなり、 使用者がいちいちフィッティングに出向かなくても良いというメリットが出てくる。そして、我慢や慣れを強いられる 音ではなく、眼鏡のように納得できる効果があると、使い続ける割合は自然と上がるであろう。 眼鏡も車も、初期の時代には不便さがあった。しかし、技術の進歩は製品を便利にするものである。 おわりに 補聴器に限らず介護・福祉用品全般に言えることだが、購入時に比較検討する情報が乏しい。例えば車の場合、 新車の比較レポートを様々な車雑誌で読む事ができ、本では徳大寺氏が書く「間違いだらけの車選び」等の広告料 に縛られない辛口の論評があり、車を購入する際の参考となる。しかし補聴器の場合、購入の際に得られる情報は 補聴器店の説明と、人によっては耳鼻科の先生からの情報がある程度であり、決して情報に恵まれていない。 しかし最近は、難聴者もインターネットの普及により発言の場が急速に広がっており、情報交換の場が増えてきて いる。 「間違いだらけの車選び」の著者、徳大寺氏は「自動車業界は批判に対して寛容であった」と語っている。 自動車業界に学ぶ所は多く、批評に対して寛容であり、購入者の満足度を調査して製品や店のサービスを向上 させる姿勢が、ユーザの満足度を向上し、業界を発展させた。21世紀は全ての業種が比較される時代であり、 それは製品・技術・サービスの全てで比較される。他の業界から優れた点を積極的に吸収し学び取る姿勢が、 生き残る為に、そして業界全体が発展する為に必要ではないであろうか。
(財)産業教育振興中央会「産業と教育
平成17年8月号」掲載より |