やると決めた事はやるっきゃないです!!
元気の源・ トムさま語録 ◇

 

夢の世界で遊んでばかりもいられない。
人生 歩けば 雨にずぶ濡れ 風に倒され 道に迷うときだってあります。

孤独にふるえて暗闇をすすむとき
こころ疲れ果て絶望に沈むとき
わたしは あなたから 力 そして光を受ける。

≪“ディーン”より≫

いろいろな場面で トムさまのお言葉を思いだし 元気に頑張ろうね。
 

ト ム さ ま 語 録

「宝塚の轟 悠」というのも私の一生から比べたら短いものだし、

それを手抜きしたり遊んだりって絶対に許せないんです。
好きで入って、やると決めたんだったら、とことんやってみよう、という気持ちでやってますから。
(別冊太陽 宝塚’97)

その時 その時 思うように そのとき出来る精一杯でやれば、後悔しません。
生身の人間ですから 完璧にはいきませんから失敗はしょうがない。

ただ許せないのは 気を抜いて手を抜くこと。
(ソワレ ’97・3)

限界だなと思ったところで、もう1回やるんです。

そうすると身になるんですよ。

その前に自分を許しちゃうといけないってことがわかったのが やっとこの2、3年です。
精神的にも肉体的にも もう動けないという時に、もう1回、曲をかけます。そうすると動くんですよ。
その代わり、あとで自分を褒めてあげる。
自分をかわいがるのも厳しくするのも自分次第。
わからないことは人に聞けば簡単に教えてもらえますが、

自分で考えて行動しないと、いつまでたっても 本当に分かったことにはならないんですよ。
マイナス志向は自分で自分を追い詰めていく結果になる。

(略)でも、どうしても悪いほうに考えがちならそれはしかたがない。

その次にどう考えるかが大事なんです。
(悩みを)うまく避けて通ろうと思うのは甘い考えじゃないでしょうか。

それよりも、、問題をいかに乗り越えていくか、、、しかも、同じ越えなきゃいけない壁だったら苦しむより楽しんで、

後から自分にとってプラスになるような方法で乗り越えるほうが絶対いいんです。
できるだけいいものに接して感性を豊かに、いろいろな価値観の中からいいものを自分で判断して選択できる力を

常に自分の中に育てておきたいと思っています。
(略)自分のことを本当に大事に思うんだったら、まず行動することを心掛けるべきじゃないでしょうか。 

仕事でも友人関係でも、行動を起こさないと何も始まりませんから。
(MiL 1997年3月)

宝塚の舞台は自分を信じないとやれないところです。
そういう意味では一人だけれど、舞台は一人ではつくれません。

たくさんの人と一緒につくっているので、自分のことで人に迷惑をかけたくないという思いがあります。

だから精神的なものとしては、舞台に出るときは自分一人で自立していることが大事なんです。
仕事をしていると、これだけ頑張ったのに何故そんなに言われなきゃやならないのと、どうしても思いがちなんですが、

それは見返りを期待してしまうからなんですね。
私も下級生の頃は苦しみました。でも、必死で空回りしている自分というものが、その時はあるんですよ。
いくらやってもダメな時はすべてダメなので、肩の力を抜いて、

広い視野で自分を客観視できるところまで自分をもっていくことが大事です。
特に女性は、精神面で身体に影響を受けやすいですから、自分で自分をコントロールできるようになりたいですね。

私も今、それを勉強している最中です。

(”タカラヅカはドリームシアター”より)          

<Macsさんからのご紹介>

自分がどのポジションにいようと力いっぱいやってきたという自信はありますね。
男役の美学がどうこう言うけれど、10年もやってきたら何かが身に付きます。

自分がその時々で感じたインスピレーションを信じて自然体でやっていくだけですね。(中略)
舞台にこれが最高とかこれが完璧というのはない。

十人十色、それぞれ感じ方が違うので、自分を信じるしかないんですよ。
性格的に「白か黒、はっきりしろ、中間のグレイはない」というタイプ。
今まで以上に好き嫌いをはっきりさせて、思い切りよくいこうと思っています。
トップになりたくてトップになったわけじゃないし、ファンになってくださいと私が頼んだわけじゃない。
媚びずにいこうと思ってます。

(AsahiTVウォーク阪神版 1997・8・24)         

<T’s cafe ラディシュさんから> 

”自分には嘘をつきたくない”。

勿論、人に対してもですけど。まず、自分で自分に嘘をつかない。

よく言ってますけど、後悔しない人生でありたいと思うんですね。

・・・・・だけど、自分がそう生きて行く中で、やっぱりぶつかる部分ってあるんですよ。

そんな時は周りの方の意見にも耳を傾けた上で、最終的には自分の気持ちに正直にと思っています。

それって結局、人のせいにしたくないってことなんです。 自分でやることは自分で決めて責任をとる。

そうすれば後悔はしないでしょ、反省はしてもね。
(宝塚グラフ1998年5月号 「VOICE〜轟 悠 その眼差に映る潔さの真意〜」)

今、男性もお化粧をする時代だし、時代の流れが誇張を嫌うようになっているのかもしれません。
でも、ここ(宝塚)の「男役」は、キザとかスカシとか包容力とか、一般的には死語みたいな要素が必要と思う。

作品によって気持ちの持っていき方は微妙だけど、もっと誇張しなきゃいけない部分ってある。
演じるのが女性なんだから、客席をだます作業のこと。そこを怠って見せるナチュラルなんて甘いと思う。
(タカラジェンヌ「美の肖像」/産経新聞夕刊 1998.12.15)

 

<少し要約しています。詳しくは出典を・・>