西日本新聞朝刊社説(2009年4月1日付朝刊)

「教室で立ちすくむ君たちへ 言葉にしてみよう、勇気を出し」

 いじめに苦しんだ少女がつづった絵手紙から生まれた歌があります
「友だちにならない?」という題名です。前半の歌詞を紹介します。

 友だちにならない?/いつか君は言ってくれた/「いいよ」 さらりと答えたけど/うれしかったんだ
 友だちにならない?/このあたたかい言葉が/私から離れない
 誰にも言えずに泣いた/声を殺して泣いた/あの日が今は嘘(うそ)のよう/だって友だちがいるから

 ▼友だちにならない?

 絵手紙を書いた横浜市の高校生ゆきさんは、小学校後半の3年間、「シカト」と呼ばれるいじめを受けました。暴力を振るわれたり、悪口を言われたりするわけではないけれど、周囲から徹底的に無視される日々でした。

 無視する側は、そんなにひどいことをしているという意識はなかったのでしょう。それが怖いのです。無言のいじめは表に出にくく、罪悪感が薄い分、いつまでも続きます。誰かをいじめていなければ、自分が標的にされるのではないか。そんなふうにみなが心の中でおびえていたのかもしれません。

 教室はとてもつらい場所となり、ゆきさんは、当時のことをよく思い出せないほど心を閉ざしていたそうです。
中学に進学しても、同級生の顔触れは同じ。また無視されるのかな、と悲しい気持ちで卒業式を迎えたゆきさんに1人の少女が声を掛けました。

「友だちにならない?」

 ゆきさんは「あまりにうれしくて、頭が真っ白になりました」。その一言が、どれだけゆきさんを勇気づけたことでしょう。それから次第に明るく振る舞えるようになり、中学で新しい友だちもできました。

 ゆきさんは、進学した中学校で書いた絵手紙に、友人への感謝の思いを込めました。青空に伸びる菜の花を描き、手紙の最後をこう結びました。

 今、私はこの花みたいにずっと春を感じているよ/こんなふうになれたのも君のおかげだ/本当にありがとう

 ゆきさんの絵手紙は、校長室の前に張り出されました。それに目を留めたのが、朗読講演会で学校を訪れていた作家のヒロコ・ムトーさんです。

 ムトーさんは、いじめにあった子どもたちを励ます絵本「あなたがいい」の作者で、小中学校で読み聞かせをする活動を続けています。

 「絵手紙を見て涙があふれた」とムトーさんは言います。ムトーさんの娘アサコさんも、中学時代、級友に無視されるいじめを受けていたからです。明るく元気だったアサコさんは、自信を失い、ふさぎがちになりました。

 そんな娘にムトーさんができたのは「誰よりもあなたがいい」と言い続けることだけでした。絵本は、小さなネコが心優しいクマと出会い、自信と友情を手に入れる物語です。「あなたのままでいいんだよ」という娘へのメッセージが伝わってきます。

 ゆきさんの話に心を動かされたムトーさんは、絵手紙を基にした「友だちにならない?」と、「あなたがいい」の2つの歌を作り、朗読講演会で紹介するようになりました。

 その歌が、子どもたちや父母、学校関係者の共感を呼んでいます。

 評判が広がり、神奈川や長野、福島県では、小中学校の授業で取り上げられるようになりました。

 ▼あなたがいい
 4月は入学や進級の季節です。新しい出会いに胸が膨らみます。その一方で、かつてのゆきさんのように学校から逃げ出したい人もいるでしょう。

 文部科学省の調査では、病気などの理由がなく長期間学校を休む「不登校」の小中学生は全国に12万人以上います。いじめなどが原因のケースも少なくないはずです。耐え切れず自ら死を選ぶ悲劇もなくなりません。

 教室で立ちすくむ君たちへ−。

 新しい生活が始まる4月は、それまでの自分と周囲との関係を変えるチャンスだと思ってほしいのです。

 ゆきさんに声を掛けた少女も、実はいじめられていました。同じ立場のゆきさんに、勇気を奮って「友だちにならない?」と言葉にしたことで、少女自身も救われた気がしたそうです。

 アサコさんは、無視する周囲に、できるだけ明るく「おはよう」「さよなら」と言い続けました。根負けしたのか、級友が1人また1人と、言葉を返してくれるようになりました。

 周囲になじめない自分は価値のない人間ではないか。10代のころは、そんな孤独や不安を抱きがちです。でも、つらい時こそ、「あなたがいい」と言ってくれる人を思い浮かべてみてください。それは家族や、これから出会うであろう恋人や友人でもいいのです。

 そして、人と人を結ぶ言葉の力を信じてください。言葉は、人を深く傷つけもするけれど、奇跡のように誰かと自分を救うこともできるのです。

 思い切って「友だちにならない?」と声に出してみませんか。笑顔の「おはよう」からでも。この季節が変わっても、ゆきさんと友人が手に入れた、変わることのない「春」を、君たちにも感じてもらいたいのです。
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