石井靖子のパーチメントクラフト教室 BRILLIANT GRACE




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石井靖子主宰 ブリリアントグレース レッスンサロン


とても大好きだった伯母が亡くなってから、今年でもう26年が経ちました。

先週はその伯母の命日があり、お墓参りへ。


お墓参りの2日前、
外食先で母と伯母の思い出話をしていて、2人で泣いてしまいました・・・。
(実は、同じお店で以前にも、祖父母の話で2人で泣いてしまい、
涙が止まらず大変だった経験があるので ・・・、
今回は私、ボロボロ涙をこぼさないように必死にこらえ・・・無理やり話題を変えたり・・・
でも結局、目はウルウル真っ赤状態に・・・)

その夜には
耳元に止め処なく流れている涙と
(夢の中で泣いているのか、現実なのか、はじめは分からないんですよね・・・)
自分の泣き声と共に目を覚ましてしまいました。←泣きながら目を覚ます、時々あります・・・
決して悲しい涙ではなく、何だかいとおしい気持ちで一杯なのです。

今回はどんな夢か、はっきり覚えていないのですが・・・
でも伯母の夢だという確信はありました。

26年も経っていますが、変わらぬ笑顔の伯母が私の中で生き続けているのです。



忙しい毎日を送っていた伯母。
とてもパワフルで、明るくて、スポーツ万能で、何より頭の良い、スーパーウーマンでした。
(お料理やお裁縫も得意だったな〜←見習わないと・・・)
みんな、みんな伯母が大好きでした。

小さい頃、伯母が家に遊びに来ると、
私はすぐに「いつ帰るの?」とよく聞いていました(笑)
いきなりの質問ですよね !?
でもそれは何時まで一緒にいられるの ? の意味で・・・。子供です
・・・。
それくらい大好きだったのです。


大変な読書家でもあった伯母。
部屋の壁一面は本、本、本 !(伯母亡き後は、ほとんど寄付したそうです)
私が小さい頃から、文章を書いたり、読んだりする事が好きなのは、伯母の影響があったと思います。



伯母は小学校の先生でした。
伯母に教えてもらっている生徒さんは、毎日楽しいだろうな〜と思ったものです。

本当に生徒さんに慕われていたのだと改めて感じたのは
46歳で、くも膜下出血のため突然亡くなってしまったので、何もかも慌しく急だったにも関わらず
お通夜には学生服のままやお勤め先からそのまま駆けつけてくれた卒業生の方々が
たくさん、たくさん来てくれた事です。
長い行列が出来ていたので、通りがかりの人から「何かあるのですか?」と、みなさん尋ねられたそうです。

先生という職業がまさに天職だったと思います。



伯母が亡くなってからというもの、
母と私は、何故か蝶々(特に大きくて立派な !)がヒラヒラこちらに飛んで来ると、伯母のように思え、
伯母が来てくれたんだね〜と、話すようになりました。
(亡くなった人の命日が近いと、その人が来てくれたのだとも思います)

2年前でしたか、私は残念ながら行けなかった伯母の命日のお墓参りでの出来事。
母がお参りをしている時、蝶々が飛んできたそうです。
お線香の煙で大変なのに、母のそばを離れなかったとか。
そして、母が「おいで」と手のひらを差し出すと、とまったんですって !!
母は伯母だと思い、その後はずっと泣き通しだったようです・・・。
(今でもその時の話をすると泣いてしまう母。そして私ももらい泣き・・・)
お寺を出る門まで一緒についてきた、蝶々さん。
確実に伯母だな〜と思う私です !



「やっちゃん」と私を呼ぶ声や、そのぬくもり、手をつないだ時の感触・・・
今も思い出す事が出来ます。


みんなの思い出の中に生き続ける伯母。


いつかまた逢えるその日まで、一生懸命頑張ります !


だから、見守っていて・・・ネ !



2009年10月
 Yasuko Ishii





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